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ミルク。




 ローガンは、クリードとノースと一緒に、行きつけのバーに来ていた。薄暗い店内は、煩すぎず、静かすぎず、仕事が終わった後の一杯にはもってこいの雰囲気だった。いつものテーブルに腰を落ち着ける。この空間の中、店員以外三人に注意を向けるものはいなかった。


「今回も、まぁ、上手くいったな」

 これは、ノースの口癖のようなものだ。五体満足でチーム全員が生きて帰ってこられれば、彼のなかでは、上手くいったことになるらしい。三人で任務後にこうやって、腰を落ち着けると、大抵、ため息混じりの彼の台詞が最初にくる。そして、次はクリードだ。

「どこがだよ。まったく。最後にこいつが、ドジらなけりゃ、事は簡単だったんだ」

 クリードはノースの相変わらずな台詞に、今回は賛成しかねると、ローガンに目をやった。ローガンは、壁にあるメニューを見ながら、会話に加わろうとしない。そんなローガンに、クリードは更に苛立ちが益してきたらしく、テーブルを拳で叩くと、向かいに座っている自分の方を見ない男に向かって、半身を乗り出した。

「きいてんのか、おい、ちび。あそこで、てめぇが、ターゲットを殴らなかったら、脱出はもっと楽になってたんだ」

 ローガンは、ちびと呼ばれて、嫌そうに顔を顰め、クリードに向かった。

「うるせぇよ。そんなに怒鳴らなくても聞こえてる。だから、俺が責任持って、担いだだろ?やつの歩調に合わせて走ってるより、逃げ足はずっと速くなったぜ」
「そういう問題じゃねぇ!」

 ノースは段々テーブル越しに興奮しながら、顔が近づいていく二人の間に割って入った。

「落ち着けよ、お前ら。クリード、熱くなるな。ローガンもだ。クリードの言うこともわかる。問題は、なんでお前があそこでターゲットを殴ったかだ。そのせいで、あのままターゲットを連れて密かに脱出するはずが、台無しになった」

 ノースの言葉はいつも不思議と、ローガンから反論の言葉を奪う。感情にまかせて相手を詰る雰囲気が無いからだろうか。冷静に事実を告げる彼の言葉に、上がっていた温度が、元に戻る。訪れた沈黙は、ローガンにとって歓迎したい雰囲気のものでは無かったが、ノースに対しては、クリードに対するときのように怒りにまかせて誤魔化すこともできず、ローガンは、俯きながらも、口を開く。

「………。それは…」
「そうだ、それだ。俺もそれが訊きたかったんだ」

 しぶしぶ、席に座りなおしたクリードも、ノースの意見を後押しする。感情が先走って、自分が相手に上手く思っていることを伝えられないときに、ノースは的確な言葉をくれる。その事については、経験上、クリードもノースを買っていた。
 ローガンは、何かを言いかけて、首を振った。

「どうでもいいじゃねぇか…」
「ローガン!どうしたんだ」

 声に少しばかり動揺が混じっているのを、ノースは見逃さなかった。肩に手をやると、目を合わせるように身を屈める。

「俺たちは」

 そこで言葉を切って、ノースは、ちらりとクリードの方に目をやった。彼は、ノースに話役をまかせたようだ。目で、上手くやれと言っている。ノースも目で頷くと続けた。

「お前を信用してる。今回のことも何か理由があるんだろう?」
「…あのやろうが…………たんだよ」
「何だ?」
「だから!」

 店内の雑音にかき消されて、近くにいるノースの耳にも届かなほどの小さな声でローガンは理由を告げた。薄暗い中にも、ローガンの目元が心なしか赤くなっているのがわかった。
 ノースが、もう一度言ってくれないか、と言おうとした矢先に、さっきまで傍観していた、クリードがニヤニヤしながら口を開いた。

「へー、なるほどな。そりゃあ、おめぇ…」
「てめぇ!笑うんじゃねぇ!!」

 ガタン、と音を立てて、ローガンが勢いよく椅子から立ちあがる。今にもクリードに飛びかからんばかりの勢いだ。それを押さえるために、ノースも席を立つ。

「こら、落ち着けって。クリード、お前、そんな離れてたくせに聞こえたのか?」
「まぁな。こいつは傑作だ。天才と変態は紙一重っていうが、このちび、ターゲットに…」
「それをいうなら、天才と変人だろ?」

 ノースのよくわからないツッコミを挟んで、クリードは続ける。

「誘われたらしいぜ。ソウイウ意味でな」

 ノースの手が止まる。思わず、ローガンの顔をまじまじと眺めた。ローガンの顔はますます赤くなったが、ノースは別のところに気を取られているらしく、不用意に独り言を漏らした。

「おかしいな。情報によると、ターゲットは変態は変態でも、たしかローティーン専門だろう?何だって…」
「俺が知るか!?こんな髭面のガキがいるかよ!」

 図らずも自分に向かった言葉に、ローガンはやけになって叫び返した。

「たしかに情報には…」

 ノースの頭の中に、渡されたファイルの内容がゆっくりと流れていく。ターゲットの嗜好欄を正確に思い出そうと集中する。その項に書かれていた部分を思い出して、はっとした。

「性的嗜好:little boy……。わかったぞ。…これは、どう考えても書類の不備だな。脱字ってやつだ」

 またも独りで納得しているノースに、残りの二人は取り残されていた。
 クリードは、いつまでたっても説明をしようとしないノースに向かって、業を煮やして先を促した。

「はっきり言えって」
「あ?ああ。わからないか?抜けてるんだよ"d"が。boyじゃない、bodyだ…。そもそも、普通だったら、そういう表現にはchildを使うだろうし。間違いない」

 ノースの言葉に、残りの二人は一瞬boyとbodyのスペルを頭の中で描いていたため、納得が遅れた。しかし、徐々に合点がいったのか、表情もそれに倣ったものになる。「小さい男の子」と「小さい体」確かに、一文字抜けただけで、微妙に意味が変わってくる。
 今回の任務は、ターゲットの捕獲で、その状況から嗜好面の情報が特に関係することも無かったため、大きな問題にならなかったが、これが、重要な情報だったら大変な事になっていただろう。三人は息を呑んだ。俄かに、仕事帰りの酒場のくだけた雰囲気が仕事中のそれに変わろうとしていた。しかし、それを歓迎しない、クリードによって沈黙は追い払われる。

「……早い話が、ちび専ってことか?おい」

 にやつきながらのセリフに、何か言い返してやろうと、ローガンが口を開きかけたとき、店員が注文をききにやってきた。それに、普段よろしくクリードが応じる。

「おう、いつものな。あ、それと」

 そう言いながら、クリードはローガンの方をちらと見て、ニヤリと笑った。

「こいつには、いつものじゃなくて、アイスミルクをやってくれ」
「なっ!?」

 思わず、立ちあがりかけたローガンに、ノースがまたも微妙な返答をする。

「気にするな、俺のおごりだ」

 そのずれ方に思わず力が抜けたローガンの口をすかさず押さえ込み、ノースが店員に言い足した。

「すまないが、ガム抜きでたのむ」

 ノースの機転に、クリードは、ついに声を上げて笑い始めた。

「虫歯になっちゃいけねぇからな」
「そのとおりだ」

 頷いたノースとクリードのありがたくない連携にローガンが、何か言い募る前に、彼らに促された店員は、テーブルから去っていってしまう。遠ざかるその姿がカウンターに消える頃、やっと開放されたローガンは、肩で息をしながら、叫んだ。

「アイスミルクからガム抜いたら、ただの冷たい牛乳じゃねぇか!…って、違う、その前だ、その前。今更牛乳飲んで背が伸びるんなら苦労はねぇ!」

 思わずノースのペースに巻き込まれそうになったローガンは、問題のすり替えに気がついたようだ。一方ノースは、クリードに目配せすると、二人して作った真面目な表情でローガンの方を向く。

「俺たちなりに、辛かっただろうお前のためを思ってだな…」
「思ってだな…」

 ローガンは、降参した。アイスミルクより何よりも、二人の作り顔と、薄ら寒い心配の言葉が利いたのは言うまでもなかったが。

「ああ、もう!悪かった。今回のことは俺が全面的に悪かったから。ターゲットは、作戦が終わってから半殺しにすればよかったんだ。任務中に熱くなって、あぶねぇ橋渡らせちまって、本当にすまねぇ」

 ノースは、にっこり笑って、言った。クリードもそれに続く。

「ローガン、わかってくれたか…」
「わかりゃいいんだよ」

 やっと、元の表情に戻ったノースとクリードは、最後に笑顔で声をそろえた。


「「でも、牛乳は飲めよ」」


 今夜のローガンが二人に逆らえる道理はなかった。
 その後、ローガンの髭が、牛乳で白く染まるのも、また笑いを誘うネタの一つとなるということは言うまでもない。

 一仕事した後にローガンを肴に一杯…。これが格別なのは、ノースとクリードの共通意見だった。しかし今晩は、酒と肴を楽しみつつも、彼らは明日やるべき事を考えていた。

 明日朝一で、書類担当者を締めに行かないとな、とノース。
 明日朝一で、今回の任務のターゲットを殺りに行かないとな、とクリード。

 この二人の明日の予定を、ローガンが知ることはない―――。





END


私の中でノースさんは、ちょっとずれた変な人です。
小プロ邦訳版X-MEN2巻で、ウルヴァリンとセイバーさんを目の当たりにして、
こんなのがずっと続けばいいとか何とか、変な感想を述べるあたり、
一見冷静そうだけれど、マトモな人ではあるまいと。
このころの3人は何だかんだと言いながら、良いチームだったんだろうなぁってことで。
ウルの口から出た本当の所を、クリードは結局ノースにそのまま伝えず、上手く濁したのは、
クリードからノースへの微妙な対抗意識があったりなかったりするっていう感じで(^^;
(2003.12.16脱稿)

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