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酒。




「どうして、飲むんだ?」
「好きだからさ」

 スコットの問いに、ローガンは短く答えた。言われた男の手には、酒の瓶があった。無論開封済みで。二人はジーンのいないスコットの、広い部屋にいた。ローガンが彼女のいない部屋に入るのは、あのことがあってから、初めてだった。ダムの底に消えた彼女を思って気丈に振舞う目の前の男からOKが出るまでは、入るまいと決めていた。こうしてこの場所にいるのは、スコットに呼ばれたからだ。夕食後に、部屋に来てくれと。
「でも、酔えないんだろ?」
 スコットは、変なところで鋭い。誰にも、そんな風に言われたことは無かったのに。思わず口篭もってしまったが、何でも無いように装って続ける。
「………そんなことはない」
「嘘だな」
 即答するスコットに、ローガンは困ったような諦めたような表情になる。その表情は普段の彼のものなのに、何かが違った。スコットはそれに気がついたが、これ以上追求してものらりくらりと交されるだけだと思って、口を噤む。すると、以外にもローガンから返答が返ってきた。
「匂いが、好きなんだよ。そんな気分になれる」
 何故自分のことを話してしまったのだろう。今日はそんなことをするために来たのではないはずだ。ローガンは、この部屋の空気に自分のペースを無くしている事に気がついて、自嘲的にわらった。
「忘れてくれ。今日は、お前の感傷に付き合うつもりだったんだ。俺のことはいい」
 ローガンはスコットに向き直ると、肩を竦めた。だが、スコットはローガンのそんな様子に頓着した様子は無く、静かに言葉を継いだ。
「俺の感傷は……終わったよ。だから呼んだんだ」
「どういうことだ?」
 スコットは今までいつも解かりやすかった。彼の発散する空気は、その感情を雄弁にもの語るからだ。だが、今夜はどうだ。スコットからは得体の知れない空気が漂う。明らかに向かってこないそれに、ふいに落ち着かなくなる。そんなローガンをよそに、スコットは言った。
「今日は、お前の感傷についてだ」
「何?」
「知ってたから」
 そう言って、スコットは、ローガンの手から酒の瓶を取り上げた。
「酔えないくせに、酒なんか飲むなよ」
「終わったってのは、どういうことだ?」
 ローガンは、スコットに詰め寄った。事と次第によっては、と握った拳が震えた。近づいた距離に圧迫感を感じたのはどちらが先だったのか。スコットは、瓶をベッドサイドの棚に置くと、ローガンの拳を掴んだ。
「終わらせたんだ。もう、いい。だから…、お前を呼んだ」
「?」
「俺は、彼女を愛してた。彼女は…俺の全てだった。彼女がいなくなって、彼女が全てだった俺も、いなくなった。そういうことだ。それだけだったんだ」
 スコットの様子は明らかにおかしかった。どこか他人ごとめいた口調。ルビークォーツのグラスが無ければ、彼の目はきっと彼方をさまよっているのであろうことが、容易に想像できる。ローガンは、捕まれた腕に込められた力に、彼が泣いているのだと思った。
「なんだよ、それは。言葉を捏ねくりまわすのは、止めろ。お前がおかしいことは、誰が見たってわかる。もう、自分を追い詰めるな」
「俺は、お前が大嫌いだ」
「ありがとよ」
「そういうところが…、嫌いだ」
 スコットは俯く。最後の言葉はローガンの耳だから聞き取れるほど小さいものだった。彼の声は震えていなかったし、グラスの隙間から涙が伝うこともなかった。ただ、小さく見えた。ローガンより大きな背が。
「なぁ、スコット。たとえ頭の中身を入れかえられたって、別人にゃなれねぇんだ。俺はこのとおりだし、お前だってそうだ」
 だから、とローガンは言葉を切って、スコットを引き寄せた。
「ジーンの"お前"を、殺すな」
 スコットはしばらくローガンに凭れかかっていた。沈黙が流れる。それを破ったのはスコットだった。静かな、声だった。
「それは、お前の事情だ」
「なに?」
「俺がそう生きることが、お前に必要だからだろ?」
 スコットの硬く冷たく響く声に、ローガンは思わず彼から身を離した。先ほどまで小さく見えたスコットが今は違う。そのことに大きな戸惑いが襲う。
「感傷に浸ってるのは、お前だ」
「何だと?」
 俄かにローガンの周りの空気が色めき立つ。目がギラリと光った。そんなローガンに対して、スコットは、相変わらず冷たい空気を纏ったまま、ベットサイドに置いた酒瓶を手に取ると、それの中身を部屋にぶちまけた。きついアルコールの匂いが充満する。
「ジーンの匂いは、消えたか?」
「てめぇ!」
 先ほどとはうって変わって、今にも爪を出さんばかりの怒りがローガンを襲っていた。異常な腹立たしさが、理性を吹き飛ばしそうになったそのとき、今度はスコットが、ローガンを引き寄せた。
「もう、悲しむな。終わらせていいんだ。ジーンから逃げるのはよせ」
「スコット?」
「俺は、お前が思ってるほどやわなボーイじゃない。それは、お前だ」
「なに、馬鹿なこと言ってやがる。俺は…」
「酒、止めろ」
 ローガンは、息を呑んだ。何も言えなかった。先ほど感じた異常なまでの怒りが、急速に冷えていく。スコットは、理由を知っていた。いつからだ?もしかして、ずっと?
「俺を引き上げたのは、お前の感傷だった。だから、俺はお前のそれに付き合えなくなった。そういうマネはしたくないんだ。感傷はもう、いらない」
 スコットは、ローガンを見つめると、静かにそう言った。グラスを通して、スコットの目が刺さるように感じるのは、自分に負い目があるからだ。ローガンはため息をついた。どうやら、自分は大きな勘違いをしていたらしい。勝手に思いこんで、この男の世界を作り上げようとしていたことに不意におかしさがこみ上げてきた。それに気がついたらもう、スコットは、いつものスコットで、ローガンの目の前で人間の形をしていた。
「俺は、お前に慰められてるのか?」
 ローガンは、神妙に、だがどこかおかしさを思わせる口調で言った。そこに刺は無い。スコットものってくる、神妙に眉根を寄せながらローガンに言い返した。
「泣いてもいいんだぞ?」
「馬鹿野郎、泣かすぞ」
 スコットが笑う。ローガンも笑った。男同士ひっついて、泣けだの泣かすだの、何をやってるんだか。どちらとも無く離れた二人は、お互いまだ引きずっている笑いを収め、顔を見合わせる。訪れた沈黙は、先ほどのものとは全く違った。今度も先に口を開いたのはローガンだった。
「ありがとよ」
 ローガンは、ふっと笑った。いつもスコットに見せる、斜に構えた笑みではなく、優しいそれに、スコットは驚いて、目を見張った。
「ローガン。俺は、本当はお前のことが嫌いじゃない」
「俺はお前のそういうところが、嫌いだ」
 ローガンは微妙な表情をすると、踵を返した。部屋から出るために。
「酒は、止めねぇ。ただ、お前の言うことはわかった。飲み方は考えるさ」
「飲むときは呼んでくれ」
「で、俺がつぶれたお前を介抱するのか?冗談…」
 言いながら、ローガンは部屋を出ていった。最後の部分はスコットにはききとれなかった。自分が聞こえるからって、他人も聞こえるとは限らないんだぞ…とスコットは独り、自分だけのものになった広い部屋で呟いた。あの男は、今ごろ何を考えているのだろうか。自分のことを嫌いだといったときの、ローガンの表情を思い浮かべ、スコットは小さく笑うと、濡れた床をそのままに、ベットに倒れこんだ。
 漂うアルコールの香りが、この部屋でローガンの存在を主張し始めている。ローガンの感傷の匂いに包まれて、スコットは眠りについた。次の日がこんなに楽しみな夜は、久しぶりだった。





END


一応サイウルのつもりで(汗
スコットが強すぎに見えるのは、多分時期的な問題だと…。
乗り越えた人間と、途中の人間って事で。
当事者の目の前で、むしろ部外な人間に浸られると、
一気に冷めたりとか…って経験無いですかね?
ヒーリングファクターがアルコールを分解してしまうので、
私の中でウルは酔えない人間ということになってます。
この近辺の話を細々書いていくと、私のサイウルになります(笑
(2003.12.27脱稿)

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