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サングラス。




 ビーストの勤めていた病院が襲撃され、恋人が攫われた事件は、ウルヴァリンの機転によって、思わぬ収束を見せた。エックスメンたちは、彼女と色々込み入った話もあるであろうビーストを置いて、ひとまず先にエックスマンションに帰ってきていた。
 大した仕事も無かったために、帰還後に取りたててミーティングをするようなこともなく、メンバーたちは各々の部屋に引き上げていく。

 そんな中、サイクロップスも、例外無く自室に戻っていた。
 任務を終えて一息つくために、着替えがてらバイザーをサングラスに付けかえようとして、彼はふと気がついた。テーブルの上に置いておいた、自分のルビークォーツ製のサングラスが見当たらないのである。
 どこか別の場所に置いたのを勘違いしているということも無いではない。サイクロップスは、部屋を隅々まで探した。しかし、もともと物が多いわけでなく、しかも生理整頓されている部屋で、うっかり隠れたサングラスが見つかるということはなかった。もしかしたら、誰かが持っていったのだろうか?サイクロップスは、その可能性も視野に入れながら、自室から散策の場を、エックスマンション全体に広げるべく、部屋を出た。

 自室から出て、数歩も行かないうちに、サイクロップスは、ウルヴァリンとすれ違った。どうやら彼は今夜の自分の仕事に満足している様子で、楽しげに鼻歌を歌いながら、歩いていた。サイクロップスは、出会った人間にも訊ねてみるべきだろうな、と思い、ウルヴァリンを呼びとめるために、声を掛けた。

「ウルヴァリン、ちょっといいか?」

「なんだ?単独行動がどうとかっていうんなら、今日はきかねぇぜ」

 サイクロップスが、説教のために自分に声を掛けたと勘違いしたウルヴァリンは、予防線をはる。それでも、いつもより幾分か声音に刺が無いことが、彼の機嫌の良さを表していた。

「いや、それは、今度ゆっくりさせてもらう。今はちょっと訊ねたいんだ」

 肩透かしを食って、鼻を摘まれたような表情になっているウルヴァリンに、サイクロップスは、続けた。

「私の、サングラスを知らないか?」

 ウルヴァリンは、サイクロップスの問いかけに自分のしたことを思い出した。
 そういえば…。


 反ミュータント組織に乗りこむにあたって、慎重に…とのジーンの言葉を実行するために、まずは変装だろ、と考えたウルヴァリンは、ジーンズにレザージャケット、それに普段はかぶらないタイプのキャップを目深に被って、自室の窓の前で、全身を眺めた。最初は、なかなかいけると思ったが、よく見ると何か足りない事に気がついた。あれだ、グラスだ。やはり、顔を隠すのには、帽子もそうだが、目元を分かりづらく装うのが一番だ。 だが、ここで一つ問題があった。彼はサングラスなるものを持っていなかったのだ。しばらく考えて、ウルヴァリンは妙案を思いついた。持っていなければ持っている人間から拝借すればいいのだ。ガンビット風だな…などと、ちらと頭の端に浮かんだが、いや俺はちゃんと返すさ、とウルヴァリンは思いなおし、目的の場所に向かった。
 サイクロップスのサングラスを拝借するために―――。


「ウルヴァリン?知ってるのか?」

 知ってるも何も…。俺が借りたんだ…と喉元まで出かかって、ウルヴァリンは呑みこんだ。あのサングラスは、セイバートゥースの息子に顔を見せたときに、放り投げてしまって、その後の行方は知れなかった。結局あの場は乱闘になってしまい、そのさなか、足元に何か感触があったようななかったような…。ウルヴァリンはきまりが悪くて、本当の事が言い出せず、かといって、上手い言い訳もできずに、もごもごと口を動かしていた。

「ああ…その、なんだ…」

 そんな彼の様子に、サイクロップスは何か感じるものがあったのだろう、ウルヴァリンを更に問い詰める。

「知ってるんだな。どこで見たんだ?」

 ウルヴァリンは、結局、言い逃れできるほど、口が上手くない自分を素直に認め、洗いざらいサイクロップスに事の次第を白状した。勝手に部屋に入ったことから、変装のためにサングラスを持ち出して、挙句の果てに、帰らぬ姿と化したそれの存在さえも忘れていたことを。サイクロップスは最初は黙って聞いていたが、次第に腹が立ってきた。あのサングラスは特注で、そう簡単に新しいものが手に入るわけではないのに。そもそも、いくらすると思ってるんだ。教授はきっと何でもないことのように、新しいものを与えてくれるだろうが、本当は貴重なものなのだ。サイクロップスの怒りのオーラを感じるのか、今回ばかりは全面的に自分の非を認めているウルヴァリンは、まんじりともせずに、審判の時を待っていた。一つ目巨人の怒りの鉄槌がいつ下るのかと、彼のバイザーの赤黒く光る部分を見つめていたが、一向にサイクロップスが動く気配は無かった。

「わるかったって…、なぁ、おい」

 気まずさに耐えきれず、ウルヴァリンが口を開く。そんなウルヴァリンをそのままに、サイクロップスは、どうやって、この小さい男をこらしめてやろうかと、考えを巡らせつつ、口を開いた。

「ウルヴァリン…。何て事をしてくれたんだ!」
「だから、謝ってるだろうが!悪かったって…」
「ルビークォーツが、何故この目から出るビームを遮断できるか知っているか?」

 サイクロップスは、ウルヴァリンの胸倉を掴んで、背の低い彼を持ち上げんばかりにして言った。ウルヴァリンは間近に迫るサイクロップスのバイザーと、持ち上げられたせいで、閉まる喉元に、何事かと、目を見張る。

「あの石には、太陽神への呪いがかかっているんだぞ。体内で凝縮された太陽エネルギーが、オプティック・ブラストなのは知っているだろう?ルビークォーツは、その昔、太陽信仰全盛の時代に、異端信仰の徒が密かに使った呪具なんだ。だから、太陽のエネルギーを跳ね返し、吸収する。それを不用意に破壊すると…」
「呪いだぁ?まさか、そんな」

 サングラス壊したくらいでどうなるっていうんだ、と思いながらも、サイクロップスの真剣な表情に、冗談だと、笑い飛ばすはずの顔が引きつる。背中を嫌な汗が伝った。

「ウルヴァリン真面目に聞くんだ。このままだと、お前はこれから10秒以内に、太陽の凝縮されたエネルギーを浴びて、黒焦げになるんだぞ」
「なに、馬鹿なこと言ってんだ。そんな迷信、信じるほうがどうかしてるぜ…って、10秒!?」
「そうだ、後、8秒」
「サイクロップス…もしかして、おめぇ。ものすごく怒ってるか…?」
「5秒」
「太陽の凝縮されたエネルギーって、もしかしなくても、アレじゃねぇか!?」
「3秒」

 サイクロップスの手がバイザーに伸びる。ウルヴァリンが、胸元を掴む男の手をはがそうとした時に、タイムリミットは訪れた。


「オプティック・ブラスト」


 静かなセイラム郊外の「恵まれし子らの学園」から、一筋の赤い光が、夜空に向けて伸びていった。壁が破壊される音と共に、ウルヴァリンの叫び声が木霊するのを耳にして、サイクロップスは、満足げにため息を漏らした。あの無礼な小さい男は、どうやら一緒に飛んでいったらしい。サイクロップスは、上機嫌でその場を後にした。
 Xマンションに穴を空けたことで、次の日教授からこってり絞られることに、彼が思い至るのは、自室について、就寝のためにルビークォーツ製の水中眼鏡を装着し、寝床に潜りこんだ後だったという―――。





END


アニメの台詞回しって結構独特ですよね。
この話の元になった回は、ビーストメインの話のはずだったのに、
反ミュータント連盟に乗りこむウルと、クリード父子のおかげで、
すっかり、主役がかすんでしまって(笑
アニメのサイクは、他のメディアの彼と比べると、リーダーとしては、
結構頑張っているように思えます。
そして、アニメの彼の口調は間違っても年頃の若者では無い気が…。
ルビークォーツの云々は、もちろんサイクのでっち上げです。
(2003.12.15脱稿)

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