何度も、繰り返し見る夢がある。
彼が笑って、私に手を差し伸べる。
青い空と眩しい陽だまりの中で。
彼が、笑う。
[街の灯]
3.
「………」
言葉が出なかった。
スクリーン越しに、あの日の彼がいた。
傍らには"私"が、ダイアナが、ランタンが、ジョンが、そしてフラッシュ…。
黒装束を纏ったあちらの世界の"私"に向かって、彼が…。
手を、差し伸べる。
いつか夢に見た。
もはや問答をすることもなくなった、白装束の姿ではなく。眩しい程の赤と青。
目を逸らすことが出来ない。
何度も繰り返した。
彼が現れて、私に…。
ここから、連れ出してやろう。一緒に来てくれと。
画面の向こうの"私"を見つめ、知らず息を飲んだ。鼓動が早くなり、汗が滴る。
私は何を望んでいるのだ。私は、"私"に……。
そんな私をよそに、画面の向こうで彼等は動き続ける。空から下りてきた超人を見上げる"私"。唇を何か言いたげにほんの少し開いて、閉じる。ただそれだけの動作。誰にも解らないかもしれないが、私には解る。それだけで解った。こちらの"私"も、同じ想いに身を焼いているのだと。
だが不意に。目を眇めて"私"は身を翻した。スクリーンを席捲する黒いケープが過ぎ去り、"私"はその場を後にする。画面から遠く小さくなっていく黒い装束。
大きな衝撃と共に、開いたままの瞳が悲鳴を上げる。
"私"と私は同じものだ。だが、"私"は、手を取らない。
そんな姿に苦笑を漏らす超人の姿が見えた。
"私"は手を取らなかった。
私は、手を………。
「っ……」
涙が流れた。止まらなかった。
あらゆる感情が、もう何も残っていないと思っていた身体の底から溢れ出す。
この感情は間違っている。"私"は正しいのだ。だが、それが同時にこんなにも腹立たしい。
漆黒のケープを翻し"彼"に背を向ける。"彼"が差し伸べた手を。
それが、どれほど得難い瞬間だったか、知りもせずに。
いとも簡単に"彼"に背を向ける"私"。
いつまでも自分に向かうその手があると思っているのか?
振り返ればそこにはいつも変わらない"彼"がいるとでも?
握った拳は今度こそ己の膝を強く撃った。
同時に、遠い記憶の霧が晴れていく。
あの日。ゴッサムで最後のヴィランが消えた日。
私は彼の手を取ったのだ。
全ては私が彼の手を取ったときに始まって終わっていたのだと。
私は、気がついた事実を根本から消し去るために、自分以外の生け贄を求めた。
ふと。そこまで考えて不意におかしな気分になった。ジョーカーズハイとはよく言ったものだ。涙を零しながら込み上げる声は、嗚咽なのか壊れた笑いなのか。私は気のすむまで気がついた事実に震えた。いったい、いつから勝手に自分の中でそういうことになっていた?
「死ぬときは一緒だ…。なんて、とんだソープオペラだ」
一緒に行った抜殻は、彼等の死骸を確認できたか?
スーパーマンとバットマン。
私たちの半身はあの日手をとりあって死んだのだ。
画面の向こう、彼等の姿を追いかける。
私は何をしているんだろう。
彼らを巻き込んではいけない。彼らと私たちは何の関係もない。
だが、もう自分ではどうすることも出来ない。
許されることなど望んでいないのに。
気がついたらまた、馴れ親しんだ音が口から繰り返し漏れ、残る。
「すまない」
誰一人許さないと、指差し罵られるべきは、私なのだから。
「クラーク」
私が、そうなるべきなのだ。
「本当に…、すまない」
もうすぐ、全ての罪が私に。
彼を、私から逃がしてやれる。
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